年賀状

年賀状の絵を描いた。年に数回しか、いや、思いついたときにしか書かないのに、1枚描くには5分くらい、着色入れても。大体イメージがあるのでそれをなぞるだけ。
学校で習った絵なんて一体何だったんだろう。最近も何か変なやり方が流行っていたらしく子どもたちが「カタツムリの線」なんて言っていてその書き方を見ると実に不思議な感じがした。何を描こうか決めてないんだな。できてくるものに敏感になるなら、もっといい方法もあるのに、出てくる絵は、「一枚の絵」で売っているようないかにも田舎の大きな玄関や今時百科事典が骨董つぼと並んでいるようなそういう場所に似合いそうな絵。
同じ感覚は、ケーブルテレビなんかでやっている小学校や中学校の音楽会にも向けられる。どうも、苦手だな。技術が高いわけでも、熱気があるわけでも、曲が素敵なわけでもない。
どうもああいう学校的なものは、給食、掃除、朝の会、帰りの会、集団登下校、そして、揃いの体操服とどれも嫌悪感がある。ちゃんと合理性があるんだろうけれど、その合理性を「学校だから」で呑み込んでしまう非合理。
ボクの絵もそうだろうな。いいと思っているのは自分だけで、一向に褒められたことがない。それでも、あの川の風景や、山の風景を思い起こさせるだけ、ボクには素敵である。どこにもない風景を描けるだけ、写真より手っ取り早い。
しかし、描いたのはいいんだけど、スキャナーがないので、さあて、どうしたものか。