曙光はまだきも

この膨大な水量をもって知られる川がわずか10mそこそこの狭隘な流れに転じる橋の下。おそらくはほとんどの水を途方もない伏流水にして、ボクらに見えているものなどごくわずかな表面にすぎない。しかし、その表面のさらにそのまた風に触れるわずか一枚の膜のような場所を凝視する。
時折黄色いカゲロウが水から生まれる。足下にさえ今大人になりたての連中がじたばたと何を焦っているのか、羽ばたきながらもがきながら必死を繕う。
もう間もなくのはずだ。
そろそろのはずだ。
直に始まるはずだ。
全く関係なさそうなところへ、数回フライを落とし流す。羽化する虫を食べる習慣が付いていれば、ハッチの始まりと勘違いして機先を制する奴もいよう。しかし、今日は全く魚の気配を釣りたいのである。膜が破れるのを、ただ、待つ。
待っている間に、わずかに変化するハッチに合わせてフライを交換する。#12黄色、いや、CDCダンがいいか。#14。案外、#18を食べている。イマージャーか。否、必ず水面に出る。
山の端がまだまだ明るい。それでも赤光を帯びて、残雪を紅に染める。
やがてくるはずの、流れの脇のライズを待つ。
ここらの河原の木々は、平成7年の大出水でなぎ倒された。今や、河原に降りる経路を探すだけでも難儀だ。川は牙を抜かれたように大人しく、雌伏の時を過ごしている。
フライを付け替えるのに空を望まねばならなくなった。このダンで最後である。これ以上は付け替えれない。
人魚のマークを付けたロッドはすこぶる調子がいい。ボクの拙いキャストでも、流心までしなやかに、ゆっくりと届く。
午後7時。そろそろ限界。
ライズは一向に始まらない。
今日も魚の気配すら感じずに、釣りが終わる。
この川の曙光を待つのが今年の釣りかな。
ボクらしいが、そんなものは果たして釣りなのか。