駅舎

方々の町を歩くと、たいていは駅舎を訪ねる。その土地の人たちの様子がよく掴めるような気がするからだ。通学の子どもたちはいよいよ土地の風俗を反映していて面白い。
藤子不二雄Aの作品に「少年時代」というのがある。柏原兵三の「長い道」を原作としているマンガで映画化もされたが、自伝的な色合いの強い私小説のような、発表当時としては極めて異彩のあった作品である。
どこに連載されていたかさえ忘れてしまっていたのだが、なぜかほぼリアルタイムで読んだ記憶がある。おそらく、読み続けようという動機は、ボクの町が舞台になっているからだろう。
冒頭は駅から始まる。北陸本線富山県に入ってすぐの駅だ。金沢方面からやってきて、ここで折り返しの列車も多かったので、転車台やサイロがあって、今もどういうものか、保存措置がされているとも思えないが、残されている。
北陸本線は金沢から次第に延伸され、この駅まで延びたのが明治45年。1910年のことだとはよく記憶していた。2年ほどしてから、越後側からの延伸が接続して、北陸本線がつながり、東京からは新潟経由が普通になった。
黒部峡谷を探検した冠松次郎の書物を読むと、ある時期までは米原を経由しており、北陸本線全通後は東京経由に変わっていることがはっきり知れる。
明治45年の開業当時は、東京発でこの駅が終点となる編成があったのだそうだ。祖父が、冠松次郎といっしょにやってきた地元出身の塚本重松をこの駅まで迎えに出たという話も聞いたことがある。
映画「少年時代」では「風泊」という名前で出てくる。行商や旅芸人などが行き交う姿もあり、また、印象的な出征、そして、復員などもここが舞台だ。亡き父も予科練に行く日、この駅で見送られ、山々に今生の別れを告げたと聞く。撮影は大井川鉄道で行われたため、直接この駅が出てくることはなかったが、多くのドラマを演出した場所だと、思い入れも深い。
学生の頃、この駅でマル・ウォルドロンといっしょに下車した記憶もある。*1
ちょうど駅が開業して100年にあたるのが今年。さて、何日のことだったろうと調べてみると、4月16日。もう過ぎているではないか。町は全くそのことも知らずに通り過ぎてしまっていたか。ボク自身も過失である。多くの先輩方に申し訳ないことをしてしまった。
悔しいが今更どうにもならない。
北陸新幹線開業後は、今の状態を維持できなくなると見込まれる。国鉄を引く継ぐ形態での100年単位の節目は最後になるだけに、本当に悔しい。
新幹線開通後は、一体どうなってしまうのだろう。目前に迫った情況なのに何も決まっていない。東京に行くことが出来ても、隣町に簡単に行けなくなるのだ。町がどうなっていくことが幸せなのか。さっぱり見えないまま、みんな年老いていく。

*1:このときは、奇妙で、数日前に富山駅ジョニー・グリフィンの下車にも出会っている。