宇奈月温泉 延対寺荘

宇奈月温泉で「あいらぶ湯パスポート」を使って、延対寺荘のお風呂に入る。宇奈月温泉きっての老舗旅館だが、現在は、リゾート開発会社の傘下にあるらしい。パスポートを使うといくつかのホテルや旅館のお風呂に500円で入れる。ふだんは宿泊やそこそこの値段でないと入れないこの特典は、4月30日まで。温泉の楽しみを知っていただくにはけっこうな企画で、以前からこれを活用して宇奈月温泉のお風呂は入り尽くした。
今日はどこにしようと、延対寺荘を選んだのは、黒部川に臨しているからだ。風呂から川の様子が見える。解禁になった川の景色は、また、独特にそそる。
ここのお風呂は大きく2箇所に分かれている。後から追加したらしい露天風呂付きの浴室は男女入れ替え。といっても、女性は夜になるのでこの時間帯は男性用。フロントでもそのことを確認される。案内所で聞き耳を立てると、露天風呂はありますか?という声がずいぶんある。確かに気分のいいものだがそうでなければならないというほどにも感じない。
浴室に入るとぷーんと塩素臭が。ここは、確か完全掛け流しに移行したんだと思っていたんだけど、もうひとつのお湯の方だったかな。湯船が大きすぎるのでどうも湯量が足りず塩素剤を使っている模様。露天風呂は季節によっては加温していると書かれている。正直なのはいいとして、豊富な湯量と湯温を誇る宇奈月でも、必要以上に大きな浴槽が仇になっている。
宇奈月温泉のお湯は、8キロメートル上流の黒薙温泉からパイプを使って引いている。源泉域は河原中から湯が吹き出しているような場所で、湯質はすこぶるいい。黒薙温泉で味わうと、濃厚で驚くほどに透明なお湯に感激する。濁り湯が効きそうなのは気分の問題かと、これまでに自分の常識を疑ったくらいだ。流れてくる間に、沸騰に近い湯温が60度に下がる。それでも十分な温度がある。透明度が高いのは温泉の魅力につながりにくく、成分としてはアルカリ性単純泉といういささかインパクトに不足することも宇奈月温泉への不当評価につながっているかもしれない。しかも、お風呂の設計の影響で何がしらかのマイナス要素があるとすればいよいよ残念なところだ。
さっぱりとして肌あたりのよいこのお湯の性質は、実はメタケイ酸の豊富さにあるのではとの考えが出ている。あまり注目されていない成分ではあるものの、巷間美肌の湯と言われるところはこの成分が多い傾向にあり、しかし、科学的なエビデンスがはっきりしないこともあって不当表示まがいと受け取られるのも懸念され、明確なものいいができない様子なのだ。それももったいない。地元の富山県の人でさえ、「宇奈月温泉は引き湯でお湯を沸かしている」などというのを聞いた。そういう部分をアピールできていないということだろう。
小さくてもいい。味わいの深い浴室で、十分にかけ流しの湯を味わうという贅沢があることをこの温泉地は忘れている。贅を尽くすことの方向性がずっと変わっていない様子。そういうところもないわけではない。延楽は延対寺荘に並ぶ有名旅館だが、立ち寄り湯に開放していない。その分、お風呂は相当に気を使っていて大浴場はどことも差別化できないが、ここの露天風呂は絶品というのはこういうものだろうと思わせる。湯船の水位と窓の高さがよく考えられている。こういうこともできるはずなのだ。
浴室の外を猿が歩く。地元ではない方が興奮して僕に告げる。初めて見たという。そうか、猿というのはそれほどに珍しいものなのか。当たり前すぎて気づいていない。僕にしても同じことだ。
当たり前の見直しから新しいものへの気づきがある。何があるのか整理できていないのに、何が必要かはわからない。当たり前のことだ。