電車

電車の中で突然大きな声がした。
3歳くらいの女の子を連れたお母さんが激しく叱咤している。
息子たちが小さかったときのことを思い出した。
初めて電車に乗せた。
小さな体をもっと小さくして、怖そうに窓の外を眺めていた。
足はまだ下まで届かない。
不安げな表情をして、にこりともしない。
みかんを食べた。
食べる、というよりは吸い込むような仕種でちゅーちゅーと吸った。
大きな風景がずっと流れていく。
電車独特の風景は、彼にはどんな風に映っていたのだろう。
それだけのことだが、なつかしく、いとおしく、せつなく、しあわせな情景として思い出した。
泣きそうになった。
息子が一人増え、二人増え、三人になり、ボクも妻も兄弟たちも自信の宿った表情で見える。
みんなで旅行したときのおにぎり。
味もわからなかったおにぎり。
興奮してもりもり食べてしまったおにぎり。
そんなことが積み重なって、今があるんだな。
お母さんの声はやがて消えた。
女の子はお母さんに寄りかかって眠っていた。