遭遇

10年も前になる。
あるフライフィッシャーが亡くなった。利賀村の川にロッドを握ったまま沈んでいたそうである。結婚して間もない彼のパートナーは、大学院の同級生。やはり、フライフィッシングをする。その縁もあったのかもしれない。
子ども用に開発したフライロッドを組み上げてもらったことがある。
丁寧なラッピングに、フライフィッシャーの矜持が見えた。
実は、一度も会うことがなかった。いっしょに釣りに行こうといいながら果たせなかった。
ご遺体に会いに行った。つらかった。
彼女は、「いつかいっしょに釣りに行きたいって言っていた本丸さんだよ」と彼に声をかけた。白い布の下の彼の表情からは、幸いなことに無念さは見えず、旧友を懐かしむように、わずかに笑みを浮かべていた。
その彼女がアメリカに行くことになったと聞いたのは春のことだ。やはり、いっしょに大学院にいて、今はその大学の教官になったMさんからだ。アメリカの方をパートナーにするという。一度飲まないかと言われたが、仕事で動けなかった。
さっき、仕事場の廊下で会った。ピンポイントもいいところだ。ふと思いついて廊下に出たのだから。もう数秒ずれていたら互いに会うこともなかった。
少しことばを交わした。
思えば、彼と永遠の別れを告げたあの日以来なのだ。
何かが巡り合わせてくれたとしか思えぬ。きっと、そうだろう。
彼が組んだロッドは、bakkenくんが持っているはずだが、どうだろう。無くなっていてもそれはそれ。彼女は、今日、アメリカに旅立った。窓から見えた、あの飛行機に乗っていたはずだ。
体を大事にね。それしか言えなかった。