都の西北

桜満開。
都の西北には人があふれている。
高らかに響く校歌。応援歌。
キッシンジャー国務長官名誉博士号の授与、そして、スピーチ。
誰?それ?という新入生を前に、親世代は冷戦構造に変化を与えたユダヤ人の生の姿と声に感激。
学生服のオーケストラ、弾けるチアリーダー大隈重信像の前の雄弁会の勧誘ブースの悠然とした姿が印象的だった。満開の桜に、若い人たちの息吹が香り立っている。
中学生の頃、いっしょにポール練習をさせてもらったスキーサークルが今も健在。それも、少々感激。
叩き込むように上京し、そして、帰宅。
ボクの出身校は、やはり、駅弁大学である。権威が生まれるのではなく、纏うように高圧的であった、と今は思える。他山の石としたい。
冠松次郎、織田幹雄、南部忠平など祖父と交流のあった人々。そうした人々に敬意をもち、そして、憧れ、同時に彼らの大学に憧れた祖父の願いのうちの何かを息子が叶えた。感慨ひとしおである。