石毛の夢

次男の春季野球大会が終わってもまだ昼前。球場近くのかれえ亭で野菜卵バターを食べてから、そうか、今日はBCリーグの日だと気付いた。そのまま富山アルペンスタジアムに向かう。
昨日、開幕した北信越BCリーグだが、今日は、ホーム開幕。お天気もいいのでそれなりの人出もあるだろう。スタジアムが近づくと、あのわくわく感に充ちている。駐車場にクルマを入れるとみんなが早足で駆ける。
開幕まであと1時間。そろそろ、アトラクションも始まるだろう。入場券を購入。1000円。このチケットは期日の指定がなく、ホームゲームならどこでもいつでも使える。なるほど、うまいやり方だ。印刷のコストも下がるし、ご贈答に使うことさえできる。新聞やら団扇やらをただいて球場入り。ふだんのプロ野球ではなかなか買えないバックネット裏の少し高いところから見る。後ろに背広姿の青年実業家風の人が座ってお客さんの入りを少し不安そうに、少し笑みを浮かべながら見ている。石毛だ。
石毛は間違いなく、80年代以降のプロ野球のヒーローだった。スーパースターという言い方は適切ではない。だれもが憧れる、そういうプレーヤーではない。タイトルにからむ、そういうプレーヤーでもない。チームを統率し、戦術を進めるために何が必要か、そして、どんなゲームをプロフェッショナルとして見せていくのかについて、最も高次元で実現していた。ほぼ同時期に活躍した原、岡田がスター選手としての活躍を見せながら、石毛のリーダーシップに率いられた石毛の西武に(西武の石毛ではない)幾度も届かない思いを感じさせられた。間違いなく彼によってベースボールは変わった。
西武から根本に誘われダイエーに移った石毛はすでにプレーヤーとしてある線を超え、引退後、アメリカに渡りコーチの勉強。そして、オリックスの監督となった。期待感は高まる。原、岡田、そして、石毛がそろったプロ野球がどんな姿を見せるのか。あれだけのリーダーシップをもった石毛だから、かの西武野球と同様に厳しく、研ぎ澄まされたベースボールを、日本で唯一のベースボールパーク(内野に芝がある)で見せてくれると。しかし、原、岡田の成功とはかけ離れた現実があり、そのまま石毛は退場。馬場、猪木の呪縛に囚われたプロレスと同様、長嶋、王からどこまでも逃れられないのかと嘆いた。今のプロ野球の布陣には、間違いなく石毛の名前がなくてはならなかった。
その後どうしたのだろうと思わせた石毛は、ボクから見れば突如、という登場をする。日本初の独立リーグである。まるで、水島新司の世界だ。四国にプロ野球である。そして、今年、北信越BCリーグが誕生する。その富山開幕を見届けにやってきたのだ。シーズンオフには、独立リーグ日本シリーズも予定されている。
石毛の夢はどこにあるのだろう。紛れもなく野球エリートのひとり。その彼が、原とは対極とも思える場所で見つめるフィールド。しかし、彼の夢の風景のひとつは明らかにこのスタンドにある。
アトラクションが始まる。DJやキャラクターが出てきて盛り上げる。お定まり。応援歌を歌うSP-Dが登場。生で歌う。彼らが最初に数千人規模の観客を前に演奏した場所にボクもいた。がんばているんだな。地元のダンスチームも出てくる。
セレモニーのクライマックスは、鈴木康友の国歌斉唱である。すぐ後ろの放送席にいる石毛に見えるように、ボクはメジャー風に泊高校の帽子だが、ベースボールキャップを胸に抱えた。大きな声で歌おうと思ったが、野球ではサッカーのように歌う習慣がないらしく鈴木の声が朗々と響く。うまいじゃないか。実はこれが前振りで、その後登場したゲスト、中畑清の歌につながる。
石毛と中畑は駒沢のOB。そのつながりもあるのだろうか。オーラが違う。球場が揺れる。長渕剛の「幸せになろうよ」を歌い、球場は揺れる。
始球式に登場したのは、富山県知事。マウンドの少し前から中畑へ投じたボールは見事ど真ん中。その球をレフト前に弾いて、また、盛り上がり。中畑はよく心得ている。ワンバウンドしたら空振っていたんだろう。ピッチャーライナーは最もいけないから。興奮した知事は、外野から返ってきたボールをスタンドに投げ入れる。
ゲームは、マイナーの少し下、高校野球とノンプロの中間レベルか。やはり、そのくらいのところ。投手の球種が少なく、また、速度も見た目で観客を唸らせるほどには出てこない。レベルの高い選手が何人かいて、そこはさすがと思わせる力を出している。富山県出身の大士が俊足巧打を見せ、地元の客を沸かせる。ガッツポーズは高校生というよりも少年野球の子どものようにはしゃいで見えた。彼らもこの舞台に寄せる期待と不安、夢がある。
最初は戸惑いもあった観客も次第にフィールドの空気を創り出していく。中盤、ダイエーで活躍した宮地が打席に入ると、まるで甲子園球場のようにスタンドが揺れ、動く。その後、ひとつひとつのプレーにスタンドがいちいち反応するようになってきた。組織だった応援など野球に必要ないと思っているボクには、選手とフィールドの空気がスタンドを動かしたように見えて、きっと背後の石毛も喜んでいると感じていた。
ゲームの結果は、1点差でサンダーバーズが逃げ切って開幕2連勝。地元には最高のスタートとなった。明日は、石川戦。富山はかつて石川と北陸代表を争っていただけに、いい対抗意識があるといいなあ。
富山には、BJリーググラウジーズ、JFLのYKKAP、アローズ北陸、そして、富山サンダーバーズと人気スポーツのチームが揃った。これもそれもアルビレックスの地域戦略なのだが、それすら日韓ワールドカップの置き土産と位置づけると、あのイベントが果たした役割は大きい。行政がイベントを主導するとき、こうした波及効果をしっかりと描いて欲しいものだと感じたが、試合終了後、放送席で談笑する石毛を見て、彼の播いた種がこうして北陸に根付くことを本当に感謝した。ボクらはこうして裏日本から脱することができる。それは東京並みになることではなく、ボクらはボクらの世界としてボクらの社会を、ボクらの形でもつこと。そうした誇りを堂々と示すこと。教えてくれたのは、石毛さん、あなたです。