学校の風聞

バレンタインデーのチョコをめぐる話で思い出した。
小学校、たしか5年生の頃だ。講堂の横にあった便所でカワウソの幽霊が泳いでいたという話が急に盛り上がった。何でも先生が目撃したのだという。生徒指導主事の先生で、クロー攻撃を常用していたH先生で、ボクの父である。
パニックになっていた。そちらの便所は、グラウンドの造成によって移転拡張したもので、そこにはお墓があったと言われていたのだ。正確には、お墓の位置は違う。もう少し、グラウンド側に入ったところであって、そこはただの空き地のようになっていたことをボクはよく覚えていたが、グラウンド造成後の児童がほとんどを占めると最早記録は憶測に凌駕される。
便所を使えない子どもたちが6年生側のトイレに殺到するが、特に女子トイレではキャパシティが限界に近づいていた。
真実は、けっこう単純で、社会科の時間に少し時間に余裕があったので話好きの先生は、町に伝わる昔話をしたらしい。学校近くの中野川にはカワウソの伝説があって人を化かした、遊女をだましたと言われている。それに加えて、学校の近所の寺で出会った不思議な体験(これは本物)を話したようだ。それがどうしたものか、「カワウソの幽霊」になり、もともとあった便所伝説と相まって件の騒ぎになった。
女の子がまったく便所に入れなくなったのは、ボクらが仕掛けたいたずらにも原因があった。雑巾を巧みに仕込んで、まったく誰もいない場所から奇妙な音がするようにしたのだ。これで完全に便所は空白の恐怖の場所になった。
騒ぎは次第に大きくなり、無邪気に便所を使っていた2年生も便所に行けなくなって漏らしてしまうものまで出てきた。
当時はまだまだ全共闘なんかが市中ゲリラ戦をやっていたので、ボクらはそんな気持ちになって喜んでいた。こういう文系不良がけっこういた時代で、少々優等生のような顔をしていたのでばれなかったばかりか、男気のあるやつがあたかも自分が仕掛けた騒ぎであるかのように振る舞って、先生にまとめて怒られたりしたものだ。
ふいに校内放送がかかり、先生方が集められた。どうやら臨時の職員会議らしい。子供じみた遊び方をするおもしろい先生方は騒ぎを愉快そうに見ていたのだが、この年に代わってきた校長にはとても許せなかったらしい。
しばらくして静かな職員室が急にざわめいて、全員が教室に入るように放送で指示があった。決着が付いたようである。先生の口元には決意があった。
「カワウソの幽霊はいません」という言葉に子どもたちは色を失った。ただのいたずらでパニックを楽しんでいたと思っていたのに、先生たちは公式に否定したのだ。とすれば、「カワウソの幽霊」はいないにしても、「カワウソ」か、よしんば「幽霊」は本当かもしれない。あるいは、その他の何かがいたのだとなってしまった。いよいよ騒ぎは大きくなる。先生が躍起に否定するほど、集団はその事実が隠蔽されているのだといよいよ信じ込む。事態は夕方まで続いた。
こんなことを書いたのは、「バレンタインデーのチョコ禁止」という学校があると聞いたからだ。じゃあ、クッキーならいいんじゃないかとか、それを抑止するために「バレンタインデー禁止」とか「バレンタイン禁止」とした学校もあったそうで、それはいくら何でも学校の裁量権を越えて宗教的な越権行為になっているだろう。ロッテは2重に辛いかも知れない(笑)学校がそうやってうろたえることで事態はいよいよ混迷する。「カワウソの幽霊」のときでも、放っておけば給食の時間くらいにはボクらのトリックもばれてすべてはボクらの中の権威に刃向かう勇敢な少年のせいになって収拾して伝説化したはずだったのだ。
学校は相変わらず、そんな場所として無批判に時間を費やしているのか。
今日読んでいた本に、管理とは「エセ非暴力体制」とあった。なるほど。暴力だけを排除してもいけないし、不審者侵入防止システムで悪意は止められないことも事件が教えてくれた。塀など悪意があれば乗り越えられるじゃないか、そんな当たり前のことに気付かない。悪意が止められないから怖いのであって、防犯システムが機能しないことを危惧するわけではない。