昨日、森の中、クマさんに出逢った

昨日、仕事を切り上げて、再来週頼まれている活動支援の下見に行った。何となくわかっていたり、行ったことがあっても不安なのに、これがまた行ったことのない場所が数カ所ある。
有峰林道をアウトランダーで走るのは初めてだ。いやあ、気持ちがいい。途中、猿に会う。これが一向に動こうとしないので、記念撮影までできた。思えば、これが伏線だったか。
今回は、有峰ハウスのところでバーベキューをするのが中心で、どこかハイキングできる場所をというリクエスト。前に歩いた冷タ谷(つべただん)の散策路もいいが、サイトを見ていると他にも4カ所ほど散策路があるという。そのうち、奥まった場所の半島路は前に歩いた。残りの3カ所のうち1カ所は折立から下りでけっこう急峻だというので、まずは候補から除外。半島路から湖面に沿った道を歩ける砥谷の遊歩道か、有峰ハウスのある猪根平の裏山散策路だが、70分程度との表示のある後者、猪根山遊歩道を選ぶ。
入る場所がわからず有峰ハウスで聞いてみる。建物の隣だと教わるが、この有峰ハウスが休館日となっていて、外の表示が満室。お休みだけど、満室。何だろう。工事車両がたくさんあるので、きっとそういう宿舎にでも使っているんだろう。元の有峰青少年の家は有峰ハウス別館になっているものの、かなり荒れていた。それにしても秋の薬師岳は美しい。いい山歩きになるかなと、のんびり歩き始める。
クマ注意の表示があるが、「ホームグラウンドなのでおそいません」と書かれていて、何となく鵜呑みにする。カウベルとホイッスルで対応のつもり。時々、ホイッスルを吹くが、逆にエマージェンシーホイッスルに思われるのは嫌なので、何となく臆して吹いていた。これも伏線。カウベルも、長男からもらったおみやげと、親戚のYさんにもらったおみやげとどこか本気感に欠けていたかもしれない。
すぐに、豊かな森でうれしくなる。トチノミも拾ってみる。ブナの実だらけの場所もあり、まだ、新しい実はなく、楽しみにしていたぶんだけ、がっかり感が強い。生で食べられることや、あの独特の甘みは、なるほどクマの好物と聞けば頷ける。
第2展望台と名付けられた場所でお昼のむすびをほおばる。湖面がよく見える。ブナの大木に抱えられた場所だ。虫が来ない季節になったので、すこぶる快適。むすびは、立山サンダーバードで買ったもので、炊きたてのものを手で結んだものである。サケと昆布で満足するとすぐに出立。森は次第に明るくなる。尾根の上に出てきたらしく、また、送電線の下を刈り込んであり、抜けるような青空が木々の背景に美しい。あたりは、熊笹が広がっている。
コースはここで4分の1くらい。山頂展望台をとりあえず目指して少し足を早める。70分というのは案外嘘だなと思う。おそらく、有峰ハウス別館の前の出口までの時間だろう。もう一度出発点に戻るには、さらに15分を数えたい。などと行程の観察をしていたら、前方の熊笹が左の方から少し揺れる。はっきりと笹をかき分ける音がする。
だれか山菜でも採っているのか。あるいは、キノコ。ああ、尾根の乗越だからカモシカかもしれない。と思っていると、遊歩道の方に揺れる笹が近づいてくる。ボクは歩みを緩めるでもなくそのまま進む。
笹が遊歩道脇まで揺れた次の瞬間、黒いものがぬっと顔を出した。はっきりと上半身まで突き出した。
思わず笑った。声に出して笑った。はは、こんなことあるんだ。
次の瞬間、振り返りざまに、とりあえずホイッスルを思い切り吹いて駆け出した。15秒ほど駆けた後、後ろの気配を伺うが、たぶん大丈夫。案に相違なく、クマの影はない。
画像撮影し損ねたな。奇妙に冷静でそんなことを考えていたのは、「おそいません」という看板の暗示か。
どうやら、尾根のこっちと向こうにいたので気付かなかったのだろう。笹の音でわからなかったか。大きなクマだった。きれいな毛並みで着ぐるみかCGにさえ思えるほどだ。目を合わさずに逃げたが、ちょうど朝青龍が正しく手付きをしたくらいの大きさだった。あんなのが走ってきたら、無事ではすまない。
下りも怖かった。道は曲がりくねって、ちょうどクマに出逢ったポイントからまっすぐに下った場所を横切らねばならない。よく見るとはっきりとけもの道が見える。手をたたき、ホイッスルを鳴らして、あたりを見渡し、確認しながら歩く。こうなると、何があってもクマに見える。
遊歩道を抜けると、少し落ち着いた。どのくらいの距離だったのかなと思い出す。瞬間50mくらいの距離があるので15秒も走れば大丈夫だろうと変な計算をしていたが、いや、あれは案外20mくらいだ。笹の動きまではっきりと視野に入っているし、それでいて至近と思えるほどでもない。
そう思うとあとから怖くなってきた。
ビジターセンターに行き、クマに会ったことを告げると、憤慨したように「ここにはいるんです」と返された。地図を示して場所まで特定したので、通報する気だとでも思われたのか。そんなつもりはない。これから遊歩道に入る人に教えてあげることくらいもいいだろうと思っただけだ。「おそわれたって話はないんですよ」と言われるが、いやあ、そういわれても、300年かかっている橋が今日落ちるはずがないという言い方と同じだ。今、おそわれない保証にはならない。
もう怖くて遊歩道に入れない。とりあえず、他の遊歩道の入り口などを確認して、下見終了。
帰途、眠くてあやうく林道で居眠り運転しそうになる。緊張していたんだな、おそらくは。ラジオが桜井高校の同点を知らせていたが、目を閉じて開けるとサヨナラ負けしていた。
午後5時からの会合に間に合うのに必死。いや、間に合えてよかった。あそこに入ったことは誰も知らなかったのだから、あんなところでおそわれていても携帯も通じないし、家人もはっきりとどこに行くかは知らなかった。有峰でアウトランダーが発見されて、遊歩道でのたうって力尽きているボクが発見されるところだったかもしれないのだ。
それにしても、あと数秒早かったら。樹木の看板に目を留めていなかったら。いやあ、考えるだに恐ろしい。おそらくそんなときにはクマの方で気付いたのだろうけれど。
まず、いい熊鈴を買おう。次に、ラジオを携行しよう。単独は止めよう。彼女がいっしょじゃなくてよかった。絶対、二度と山に行かなくなる。