水面割れず

午後7時に川に入る。もう闇もゆっくりと地面から立ち上っている。あたりは、雪解け水のような緑白色から、次第に青黒く変色していく。残雪の山に残された朱色がすでになくなっている。ハッチが始まっていた。
#14ライトケイヒル
ボクが決めたフライだ。この季節のここには全くふさわしい。最もドライフライらしいこのパターンは、スタンダードのスタイルで巻いている。ウイングもレモンウッドダックである。キャストの伸びが日に日によくなっている。この人魚のロッドにも慣れてきたのだろう。
ライズはない。依然として水面が割れることはない。
ここという場所に流す。ときどき、同じ調子で本物の虫が流れる。しかし、そこにも何ら反応はなく、呑気に成人式を終えて大人の楽しみを見つけに飛び立っていく。
キャスト。張り詰めて水面を見つめる。まだか、まだか。こい。まだか。流し切って静かにピックアップ。再びキャスト。同じ場所を何回も流すことで、しっかりとしたハッチが始まっていると思わせたいが、水中にも反応を見ることはなく。
あと3投と決めてから5,6投
どうにも、下手くそ釣り師には川も味方をしきれないらしい。
この川の近くで仲間の誰よりも早く浄土に行ってしまったR太の名前を何回かつぶやいて、川を辞す。
この頃は、川への会釈も心に問いかけずにできるようになってきた。