[モノ][ことば]マグカップ

長男が買ってくれた。
特に何かが欲しいと思ったわけではないのだが、毎日、珈琲を飲みながらも、カップひとつに満足な投資をしてこなかったことに気付いた。
独り暮らしで苦労していた長男に少しだけ区切りが付く見込みで、そうなったときに、それなりの印にねだろうと思っていた。
ソーサー付きのマグカップという変わったものを立川あたりで探してきたようだ。ボクと彼女にお似合いのいいマグカップだ。
今朝使おうとしたら、彼女は「割れたらイヤ」と使おうとしなかったので、「バカか」と叱りつけた。ボクの気持ちも、彼女の気持ちも絵に描いたような親の姿で、いつか若い頃小説にそういう風景を見た気がした。
全体長男と同じ頃であったろう。
土産を差し出す長男の口に、照れくさそうに「ありがとう」のことばがのっていた。絞り出すようなことばだったが、こちらこそ、何もしてやれなかったのに、おねだりまでして。ありがとう。
ふと、あの頃、奥の座敷で寝込んでしまった母の心根と、あまり多くを語らずにボクのわがままを聞き、少したしなめも含めた表情でいくつかのことばをくれた父を思いだした。ボクたちは、あんな夫婦になっているのだろうか。
ようやく、やっと、息子に「父より」とメールに書き込めるようになった。これからだ。