今井琴ざわそば

糸魚川の今井地区にある琴ざわは、ボクに「おばちゃんそば」というカテゴリーを思いつかせ、曾祖母のそばを見付けるきっかけを作った店というよりは、近所のおばちゃんたちがそこらのものを食べさせる家であった。最近、改装したよなんて話を聞いて、久しぶりに寄ってみた。食事として食べるには、ご近所の姫川の川向こうにあるおだじまの方が調子がいい。時間をあまり気にしないとき、ぼんやりとそばの味わいを楽しみたい、そんなときのとっておきだったわけだ。
いつだったか、スキーの帰りに立ち寄ると、ちょうど店じまいの頃。いいですかと問うと、おそば切らしたところなので今から打つんだけどいいかとの声。もとより歓迎である。待っている間に、普通の民家の普通の居間の奥にある控えみたいな部屋でテーブルのヒルツブ*1なんかを食べていた。出てきたそばは洗練されてはいないけれど、もうそれはそれは丁寧で真心のある、お母さんのおそばだった。名人でも、上手でもなく、おかあさんのそばだった。懐かしいわけはないのに、懐かしい。そんな店でひっそりとした佇まいと、玄関に無造作に積まれた自然薯と、昨日の残りを揚げたらしいあげそばがまた何とも雰囲気だった。道理で自然薯が尽きる頃は店は閉まっていた。ボクの蕎麦打ちの原点は、ここと能生谷の「よってきなえや」である。
改築と言うよりはまったく新装。なかをほぼ抜いてヒラモンを露出させ、民芸調になっている。民芸と言うよりも、そもそも民家なんだから「調」はおかしいが、雰囲気は民芸調である。丁度もそれに合わせてある。すっかりきれいになった駐車場は、お昼より少し前だというのに、すでに埋まり始めている。県外の、それも高級車が目に付く。X3なんかがある。カイエンがあっても不思議じゃなく、帰り際には実際アルファロメオなんかも並んでいた。今日は、美山でクラシックカーのイベントがあるので、それでも見に来られたのだろうか。
店内もすでにいっぱい。すっかり盛り上がっている様子。というのは、どうやらこの店のウリは、そば御膳というバイキング。1100円でおそばかうどん、それに地元のお惣菜や珈琲ゼリーなどが食べ放題なのである。ほとんどのお客さんがそれを頼んでいる。お惣菜は、お煮染めや漬け物、ポテトサラダ、笹の葉寿司などこの土地の味わい。これがどうやら人気の理由らしい。
ボクらは盛りと笹の葉寿司を頼んだ。異様な盛り上がりを見せる団体のテーブルでオーダーがうまく伝わらない。ずいぶん変わったなあ。オーダーを取るお姉さんもずいぶんてきぱきして、昔のおばあちゃんの頃の間合いはなくなっている。まあ、繁盛はよいことである。ボクはよいそばがいただければそれでいい。
きたきた、そばが。ああ、ずいぶん太くなったなあ。自然薯そばなので、このくらいもありか。けちったようなわさびが何とも切ないが、十分な量だからまあ、そば湯に入れるのは遠慮しておこう。猪口が小さいな。タレが少ないな。もう少しないと、これだけ太いものではなかなかそばに絡まない。そのうえ、持ち上げにくいので、猪口に一度落とし込まないといけない。そうなるとこの甘いタレはきつい。もうちょっと猪口が大きければいいんだが。そば食いとしては悔しいが箸からそばを離さなくてはならない。自然薯の風味もよいのに、悔しいなあ。
付け出しのポテトサラダがまたうまい。いいジャガイモなんだろうなあ。だけど、そばとマヨネーズ和えのポテトサラダは生まれてこの方経験がない。これならただ塩をかけただけでもいいのに。いやいや、この土地ではポテトサラダはご馳走なのだろう。そういうことは今までにもあった。山菜と漬け物でいいのに朝食から魚が出てくる山中の宿。精一杯の振る舞いであった。そういうものなのだろう。
笹の葉寿司もうまい。天麩羅もきっとうまかっただろう。珈琲ゼリーを食べている隣のテーブルの人は、コンビニで120円くらいの珈琲ゼリーを2つも3つも食べるのだろうか。蕎麦屋で珈琲を出すことにどうしたものか悩んでいる人もあるんだが。
ついに行列が出来始めたお店を後にした。
間が悪いんだな、結局。

*1:アサツキの球根。薬味だが知らずに食べて、口の中がひりひりした