柵口温泉山城屋

体調不良から脱しつつあって、どこか温泉でゆっくりしたいと、少し鄙びた感じの温泉を考えた。できれば、みすぼらしくていいので畳の部屋を借りて、一風呂浴びてからゆっくりとお茶でも飲んで、それからもう一風呂楽しみたい。こういう愉しみはなかなかできない。いや、お金を出せばできるわけだが、出せない。そうまでは、裕福ではない。
それで候補に上げたのは、柵口温泉と来馬温泉。久しぶりに、柵口温泉にして、いつもの温泉センターではなく、手前の温泉郷の山城屋さんに向かうことにした。先週、海釣りで出合った人がその近所でお風呂も悪くないと話していたのだ。
県境から雪模様になり、能生谷に入ると積もるほどに降ってきた。槙という集落の外れに、「ひだまり」という小さな食堂ができていた。農家キッチンとあるので、きっとよってきなえやでやっていた人たちが下におりてきて店を開いたのだろう。ぎっしりいっぱい。それでも、少し待って自然薯のそばと野草の天ぷらをいただく。いい食い物だ。うまいとか、まずいというよりも、この手のものは土地のふるまいだ。それぞれに馳走で心づくしである。思いの外、腹がふくれる。お客さんには年配の人も多く、それでもぎっしりと食べておられる。元気な集落なのだろう。
さらに、能生川を遡る。川は増水。この川の年券が7000円で、日券が2000円と知り、ちょっと驚く。そんなに釣れるのか。あるいは、そういうものなのか。あまり他で釣りをしないのでよくはわからない。釣り池のアピアはまだ冬眠から覚めていない。この地域も、土地のよさを売り物にする場所が増えてきた。何かにすり寄るように自分たちを厚化粧する感じがすっかりなくなって、大切にしてきたものをしっかりと前に押し出すようなやり方が定着している。格好つける必要はない。高度成長で背伸びを繰り返し、世俗的な価値と身の丈に合わないものに身を晒してきた年寄りは無理だが、若い連中はそういうものを平気で受け入れていく。有名リゾートホテルの支配人が「うちはテレビを置いていません」と言い切っていて笑えた。そんなところで戦っているうちに廃れていくよ。若い感性はすでにそんな場所でテレビに明け暮れるようなことはしないし、素晴らしい液晶パネルなど、窓の外の景色や部屋の中の佇まいに比べれば何のアドバンテージもないことをよく知っている。
山城屋はちょうど団体客の受け入れで忙しそうだった。手伝いのおばちゃんたちがまかないの焼きそばを食べていた。ちょうど昼の宴席の準備ができたのだろう。
「お風呂いくらですか?」と聞くと「300円だっけ?」「うん、そのまんまだよ」と返事。消費税のアップなど関係ないらしい。階段を登って複雑に曲がると、それほど大きくない浴場。きれいなお湯は、26度の沸かし湯。しかし、長い間に親しまれた湧出のお湯は侮れない。豪快にポンプアップされた温泉よりはよほど合理的であったりする。実際、この温泉もそのようだ。
上流の権現荘などと同様に、透き通った炭酸水素ナトリウム系のお湯。メタホウ酸がやや高く、肌によさそうである。ややアルカリ性宇奈月温泉によく似ている。全体にぬるめでゆっくりと浸かる。山の湯はそれだけでありがたい。
海まで出て、マリンドリーム能生で、干しガレイとイワシの目刺しを買う。カニもあったが、フラッグシップよりも、そこらに浮かんだ小舟のようなものに価値を見出すのは、自分流である。