ムービングファストボール

昨日の阪神巨人。グライシンガーが得意の阪神相手に勝負を握った。
この人の投球の特徴は、制球力とムービングボール。速ければ速いほど揺れる感じがある。
このムービングファストボールはメジャーではたくさんの人が操っているが、日本ではどうもこう普及というと変だが、原理的には特にどおってことないのに操る投手が少ない。体格もあるのだろうが、構造的な問題もあるように思う。
一般に、キャッチボールではきれいな回転の球が好まれる。縦回転ののびのある素性のよい球筋は、送球にしても、投球にしても身体に負担をかけない理にかなった動作が、野球を楽しみ長く続けるための基本であることはどうやら間違いないだろうと思う。
しかし、子どもたちとキャッチボールすると、最近指摘されているように最初からライフルのように回転していることが多い。スライダーのようでもありながら、案外そのまま伸びてくる回転は邪道とも思われ多くは矯正されていたが、このところはジャイロと呼ばれ、認知されつつある。*1
同様に、握りの特徴から揺れる速球を投げる子どももある。小さい頃はそれを意識して動作するわけでもないため、なんだかキャッチボールのしにくい奴ということで疎まれている可能性がある。実際、小学生の頃左でしかも手が少し下がって出て、長い指で深く握って投げるためやけにキャッチボールしにくい子があった。外野手では、ワンバウンド後に変化する送球で使えない選手だったが、投手になるといい雰囲気になった。*2
つまり、子どもの頃、そうした球筋を個性として保有している子が排除されていく構造があるのではないかということなのだが、この考え方は基本的に甘く、緩い。なぜなら、生得的に投げられるかどうかわからない球種でも、平気でその後身に付け自分のものとしていくからだ。スライダーやシュートのような球種はあるいは自然に投げている子もあるのだが、変化球として使うには鍛え、磨かなくてはならない。
では、なぜ、ムービングボールが普及しないのだろう。ツーシームが比較的、一般化しながらもそれほど使い手が増えないことにも関係した理由があるのかもしれない。桑田のことばを手がかりとしたい。

桑田は高校生の頃、ほぼカーブとストレートの2本で投球を組み立て、その無類の投球センスで甲子園20勝を挙げている。1年の夏の大会前まではカーブが全く曲がらなかったとの逸話は、むしろ、そのカーブの軌道とブレーキの効き具合に、当時どん底にあった阪神は「よう打たんやろ」との感想さえ聞かれたものだ。しかし、プロ入り後は相手に考えさせる選択肢を増やし、いわば投球に幅を持たせるために相当の球種を操った。むろん、カーブといってもさまざまな使い方があり、ボールからストライク、ストライクからボールでも全く違う球種のように使えるし、曲がり具合さえ微妙に変えてタイミングを外すことさえ投球術としては当たり前である。桑田はとりわけそのあたりを複雑に組み上げ、1ゲーム140球を克明に計算していたという。
その桑田が、ツーシームやムービングボールを好んでいない。その理由は単純で、計算できない軌道になる球種を、使えてもコントロールできない、仕切れないものを使って組み立てることはできないというのだ。*3それゆえ、桑田は激しく落ちるフォークも使わない。あるところから、打者の裏を書き、意表を付くかもしれないが、どうなるかわからない球を使う気にはならないというのだ。困ったときのフォークは、桑田にはないということなのだろう。
フォークに関していえば、実は投手によって差がある。上原はおそらくフォークの球道をかなりコントロールしているし、短いイニングしか投げないので上原とは比較できないが、佐々木も同様に様々なフォークを操っていた。上原の体格故にそれが可能で、上背のない桑田にはそういうフォークの使い方ができない。同様に、上原には一旦ストレートのはるか上方の軌道を描くカーブを必要としない。
しかし、そうした桑田の矜持が日本ではムービングボールが普及しないことの理由にはならない。コントロールしきれないことをウイニングショットにしている投手はいくらもいるし、ムービングファストボールの有効性は、メジャーで用いる人が多く、また、グライシンガーやかつてジャイアンツで活躍したガルベスの例を挙げるまでもなく、確実である。
では、いよいよなぜなのか。
それは、野球とベースボールの違いに現れているように思われる。オリンピックの敗退はベースボールという土俵にフィットしきれなかった野球の敗北であったのは、おそらく、今後の検証によっても明らかにされるだろうが、ベースボールは基本を打撃に置き、野球は投手に置いていることの差であろう。
メジャーでは、例えば、松坂対イチローの対決という感覚はない。なのに、A-ロッド対ラミレスはある。チーム対チームを基本として、その中心となる打者同士がゲームにどう白黒つけるかがマッチアップであるそうな。同様に、松坂対黒田の投げ合いの図式も成立しないらしい。ベースボールとは球を投げて始まるのではなく、打てる球が放られたところで始まる。
その感覚は投手の使い方に顕著に表れている。
村山を思い出してみよう。マウンドに仁立ちとなり、チームを背負ったままそのゲームを投げきる。それが投手であり、エースであった。ボクが佐々木を何となく卑怯な感じに思っていたのはその影響が大きい。落ち球の抑えというのが全く気に入らない。メジャーではワールドシリーズで腕も折れよと投げ続けたシリングとランディ・ジョンソンの2人にMVPが与えられたことは歴史的なできごととして記憶されるように、それは極めて稀なできごとらしいのだ。
そういう背景をもち、打者は打つために打席に入る。出塁ではない。打つのだ。同時に、投手はディフェンスであり、ほころびは早急に取り除かれる。いけなくなったら代える。基準は球数である。ゆえに、できるだけ球数を増やさずに打ち取る必要が出てくる。組み立てよりも、どう芯を外すかが重要となる。素晴らしい変化球でも、バットに当たらなければ投球数を増やす要因に成りかねない。1球で追われるものが3球、5球とかかってしまう。
飯食ってからまた。

*1:もともとジャイロは変化球の名前ではなく、球筋の一つなのだが、何か魔球のように呼ばれるのは少し違うと思っているが。

*2:残念ながら高校の途中で野球を辞めたが。

*3:長谷川滋利ははっきりとツーシームをコントロールしていた。おそらく、桑田のいうのはムーブする軌道を描くツーシームだろう。