ヤフオクで集める

左幸子の資料をヤフオクで集めている。ほぼ競合はないのでまんまと手に入るわけだが、こういうものを手に入れる手段があることに驚くとともに、やってきた資料をみてもう一度驚くのだ。
今日届いたのは、昭和44年1月30日号「週刊大衆」。グラビアで初監督に挑む37歳(ちょっと違うような気もするが。38歳じゃないかな)の左幸子の記事だ。文章といい、当時の期待の様子がよくわかる。
同じ雑誌の記事を覗くといよいよおもしろい。
まず、表紙グラビアは香山美子
特集記事は、親泣かせジュニア。このジュニアのみなさんのその後が、ほとんど知らない名前ということで親を泣かせたことがよく見える。
記事は、人妻自由化(笑)太宰治の娘二人。木原美智子の明日を憂える記事といったところ。
連載小説は、川上宗薫大藪春彦、そして、阿佐田哲也のま「麻雀放浪記」が連載4回目である。
ほかにも、安田講堂に立てこもる東大の皆さんや、野球の話題では永田ラッパなどが扱われている。渋いところでは、千田是也小沢栄太郎が仲違いしたのではないかという囲み記事。俳優座の重鎮。左幸子ともつながりがある。千田是也の名著「俳優修業」はうちにもある。おそらくは、左幸子もテキストとして使っただろうと思われる。東京12チャンネルが「プレイガール」の制作発表をした記事もある。緑魔子沢たまきの順番に書かれていて、まだ放映前とよく知れるあたりだ。
また、広告はライター、ガスライターがよく目立つ。コルト型なんてのもあって、そういやそうだったなと。
カミングアウトすると、ボクはガスライターのボンベを吸うのが好きだった。袋なんかは使わずただよっているのがよかったのだが、あれよく引火しなかったなあと、今になるとぞっとする。
時代の分岐点がそこにあったと、そんな気になる。
当時の「週刊大衆」60円である。調べないとわからないが、たぶん、ラーメンにはライスとチャーシューが付けられたと思う。
すっかり、ヤフオクのメール確認に追われている。
なかなか、立体感が出てきた。
もう少しエポックが欲しくなってきた。ちょっとそこらもいいアイデアがあって、うまく展示できればいいと考えている。
ところで、財源は確保されているのかというと、事務局は購入できないとのことなので、今回の展示終了後、何かの形で保管できるような手はずが必要だと思う。その呼び水に使おう。