山口駿河守

フォッサマグナの西端で知られる糸魚川市中心部から南、塩の道大網峠に向かう途中、根知谷に沿った場所に山口という集落がある。こんなところにと思うほど深い土地なのに、人家は少ないものの豊かで長い文化を感じさせる場所である。ここから雨飾山の懐に入り込むように、信濃の国に向けて分水嶺を超える。
さて、江戸時代の始め、徳川の治世を築くために多くの役割を果たした人物に山口駿河守がいた。どうも、建城間もない駿府にある家康の居城を放火したという説まであるさまざまな局面で裏に黒く働く人物であったという。
実は、この間、ラーメンを食べに行く途中で拾うように買ってきた池波正太郎「黒幕」の主人公が山口新五郎、のちの駿河守である。この山口の姓は、彼の父、勘兵衛の領地であり、地名を採ったものだ。
本文にこうある。

越後・山口は糸魚川の南三里、姫川の東岸にあり、根知の谷間の辺鄙なところだ。あまりに辺鄙すぎて攻めかかって来る敵もいない。

少し驚いた。彼の地がそんなところであろうとは予想さえしていなかった。しかし、池波の文章はいくらか間違っている。越後越中信濃を結ぶ地にあり、ここを自由に通過できるかどうかは西日本と東日本、そして、京と関東を結ぶにおいて極めて重要な価値を持っていたはずである。
しかし、あそこがそうした歴史に結び付いているとは。今度、そういうつもりで歩いてみよう。今日の雪でまたこんもりとした温かみのある里になっていることだろう。
山口駿河守。病弱な子ども時代を過ごし、頑強な仕事をするために妻帯を避け、齢60にして18歳の妻と肌を合わせる。

「まるで・・・・・春の夜の病みに咲く、桃の花に、埋もれたるごとき心地がいたしたぞよ」

これが書きたくて、池波はこの男の生涯に思いを馳せたか。

黒幕 (新潮文庫)

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